大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)167号 判決

原告 シルバー工業株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

原告訴訟代理人は、「特許庁が昭和四九年一〇月二九日同庁昭和四七年審判第二四三八号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二請求原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として次のとおり述べた。

(審決の成立―特許庁における手続の経緯)

一  原告は、昭和四四年八月八日、「Silverhin」の文字を別紙表示のように毛筆風の筆記体で一連に横書きした商標(以下、「本願商標」という。)について、第一九類「台所用品、日用品」を指定商品として特許庁に商標登録出願をしたが、昭和四七年二月九日拒絶査定を受けたので、同年四月一七日審判の請求をしたところ、特許庁はこれを同年審判第二四三八号事件として審理し、昭和四九年一〇月二九日「審判の請求は成り立たない。」旨、請求の趣旨掲記の審決をし、その謄本は同年一二月三日原告に送達された。

(審決の理由)

二  そして、右審決は、次のような理由により、本願商標は、商標法第三条第一項第三号、第四条第一項第一六号に該当するから、その登録を受けることができないとしたものである。

イ  本願商標の指定商品たる台所用品、日用品に包含される洋食器のうち、フオーク、スプーン等については、材質として銀、洋白が用いられ、また、銀メツキによつて製造されたものが一般に市販され、特に高級品といわれるものほど銀製であるが、その商品が銀製品であることを表現するため、その意味をもつた「Silver」という英語の表示が普通に用いられていて、このことは、洋食器等の取引者、需要者間によく認識されている。

ロ  そのような事情にあるため、本願商標前半の「Silver」の文字は、指定商品との関連においては、とりわけ、右の意味で用いられているという印象が強いが、このこととの関係から、本願商標後半の「hin」の文字は、「○○品」という場合の「品」の語をローマ字綴りで表わしたものであることを容易に理解させ、認識させる。

ハ  したがつて、取引者、需要者は、本願商標が指定商品中、銀製の洋食器に使用される場合には、これをもつて、その商品が「銀製品」であることを表現したものと理解するに止まり、自他商品識別の機能を果たす文字として認識することができず、また、銀製の洋食器以外の商品に使用される場合には、その商品が銀製であるかのように誤認するおそれがある。

(審決の取消事由)

三  しかし、右審決の理由中、イの点は争わないが、ロ、ハの判断は誤りであるから、これに基づいて本願商標の登録を拒絶すべきものとした右審決は違法であつて、取り消されるべきである。右判断の誤りである所以は次のとおりである。

(一)  わが国においては、日常語として、「金製品」、「銅製品」、「竹製品」のように、「金」、「銅」、「竹」の物質を表わす語に「製品」の語を附加して物品の品質を表わすことが、一般に行なわれているが、このような結合語は、日本語としてごく自然で、日常頻繁に使用されていることもあつて、違和感を全く感じさせない。これに反し、これらの物質を表わす語に、「品」の語のみを附加した「金品」、「銅品」、「竹品」のような語は、それが品質表示のため一般に用いられている実情にはないので、品質表示以外の意味をもつものと理解されたり、何を意味するのか即座には理解されず、戸惑つたりするのが普通であり、まして、物質名を英語で表現し、これに日本語の「品」を結合させ、呼称すれぱ「ゴールドヒン」、「コツパーヒン」、「バンブーヒン」となるような語については、直ちにその意味を理解できるものは殆んどないであろう。これと同様に銀製品であることを示す「シルバー品」という用語は存在しないので、取引者、需要者が本願商標の「Silverhin」の文字から直ちに「シルバー品」の語を思い浮かべ、審決がいうように、銀製品の意を表わしていると容易に理解するとは考えられない。

(二)  また、ある標章が商品の品質を表示するに止まり、特別顕著性を欠くものであるとするには、そのような品質表示が、一般に行われている事実が現に存在することが必要であるが、本願商標のような構成および態様の標章が銀製品を表示するものとして一般に使用されている事実は全くない(英語で銀製品であることを表示するものとして普通に用いられているのは、審決もいうように「SILVER」であつて、これ以外には「SILVERWARE」が目につく程度である。)。

(三)  なお、「Silverhin」が銀製品であることを表示するいわゆる品質表示といえないことは、本願商標と同一構成で第二〇類に属する商品を指定商品(銀製の「宝石箱」、「風鈴」、「記念カツプ」、「記念たて」、「花たて」、「香炉」などを含む。)として出願された商標について、昭和四六年八月二日設定登録をされ、同様の構成で第二五類に属する商品を指定商品(銀製の「ペン皿」「万年筆」「ボールペン」を含む。)として出願された商標について、昭和四七年二月二八日設定登録がされ、また、本願商標に近似する構成で第二六類に属する商品を指定商品(銀製の「彫刻」を含む。)として出願された商標について、昭和五〇年一月一八日出願公告がされた事実からみても、明らかである。

第三答弁

被告指定代理人は、請求の原因について次のとおり述べた。

一  原告主張の前掲一、二の事実は認める。

二  原告主張の審決の認定ないし判断は、正当であつて、右審決には、何らの違法はない。すなわち、

(一)  原告の主張(一)について

本願商標中、「Silver」という語は、「銀製の食器」等を意味する英語として、日本語化したともいえるほど広く一般に知られ、また、本願商標の指定商品に包含される食器類のうち、銀製の商品については、金属製洋食器を取扱う業界において、これが「銀製品」たることを表示するため「Silver」、「シルバー」の文字が普通に使用されているから、取引上、銀製であることに商品価値を認められる「銀製の洋食器」に本願商標を使用した場合、これからは、「銀製の食器」の意味を有する「Silver」という英語と、商品名を表わす際普通に用いられる「○○品」の語をローマ字綴りで表わした「hin」の文字とが併記されたとの印象が生じ、「銀製の品物」の語を容易に想起させ、それが「銀製品」の意味を表示していると理解させるに違いがなく、これを否定する原告の主張は、失当である。

(二)  同(二)について

本願商標のように、商品の品質表示だけで構成されているものについては、そのような品質表示が現在一般に行われている事実がないからといつて、商標としての特別顕著性を否定する妨げとなるものではない。

(三)  同(三)について

原告主張の登録例もしくは出願公告例は、いずれもその指定商品が本願商標のそれと異なるから、原告主張の裏付けとはなりえない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  本願商標の構成および指定商品、その出願から特許庁の審決の成立及びその謄本の送達にいたるまでの特許庁における手続、右審決の理由に関する前掲請求原因一、二の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、右審決の取消事由の有無について判断する。

右事実によると、本願商標は、「台所用品、日用品」を指定商品とし、「Silverhin」の文字を別紙に示すように毛筆風の筆記体で一連に横書きしてなるものであるが、その前半を構成する「Silver」の文字が、「銀製品」を意味する英語であつて、右指定商品に含まれる洋食器の取引者、需要者間において高級品たる銀製の商品につき、その品質を表示するため普通に用いられていることは、原告の認めて争わないところであり、(ただし、「Silver」の語には形容詞として用いるとき「銀の」、「銀製(の)」という意味のあることはいうまでもない。)また、後半を構成する「hin」の文字から「ヒン」の称呼が生じ、これを品質、用途の表示に用いられる語に結合させて用いれば、「品物」の意味の「品」の観念が生じることも、みやすいところである。そうだとすれば、右のような洋食器の取引の実情のもとにおいて、右のような語義を有する「Silver」と右のような観念を伴う「hin」との結合語たる「Silverhin」という本願商標を、その指定商品に使用するときは、取引者、需要者がこれによつて「銀の品」または「銀製の品」という意味の「シルバー品」という語を連想し、さらに、その商品が銀製品であろうとの理解に達するとは容易であるといわなければならない。

原告は、日本語には、銀製品の表示として「シルバー品」という用例がないので、「Silverhin」の文字から「シルバー品」の語を想起することは考えられない旨主張するが、「シルバー品」という語は、なるほど、日本語として熟さず、必ずしも一般的用語として通用しているように考えられないとはいえ、「シルバー」を形容詞的に用いて「品」の語を結合させ、「銀製品」という意味を持たせて日本語として十分に通用するうえ、これが前記のような取引の実情のもとに使用されることを考え併せると、「シルバー品」という語の日本語としての熟成度ないし慣用度が低いことだけで、「Silverhin」から「シルバー品」への連想が生じることを否定することはできないのである。

したがつて、本願商標が、指定商品中、銀製の洋食器に使用されるときは、単に商品の品質を表示するに止まり、自他商品を識別する商標としての機能を果すものとは受取れない(その意味において、本願商標は特別顕著性を欠いているということもできる)。うえ、それ以外の指定商品(例えば、銀製でない洋食器)に使用されるときは、品質の誤認を生じさせるおそれがあるといわざるをえない。

原告は、「Silverhin」という標章が銀製品の表示として現在、一般に使用されている事実がないので、これに特別顕著性がないとはいえない旨を主張し、右標章の右のような一般的使用の事実を認めることはできないが、右標章が未熟とはいえ、右のような品質表示として十分通用することは、さきに説示したとおりである以上、右のような一般的使用の事実の不存在は本願商標の特別顕著性を否定する妨げとなるものではない。

なお原告は、本願商標と同一もしくは類似の商標が登録もしくは出願公告された事実を援用して、本願商標が品質表示でないこととの証左であると主張するが、右事例は、原告の主張によつても、いずれもその指定商品が本願商標と異なることが明らかであるから、考慮に入れるに値しない。

してみると、本願商標は商標法第三条第一項第三号、第四条第一項第一六号により登録を受けることができないものというべく、これと同旨に出た右審決には、何らの違法もないというべきである。

三  よつて、右審決を違法として、その取消を求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎 中川哲男 橋本攻)

(別紙)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例